1024号室

納得のいく首輪を探しています

Vフォーベンデッタpart2

登場人物たちは迷う。主人公も、Vも、刑事も。権力者以外は、常に迷いのうちにある。権力者たちに方向転換はない。サトラー議長、クリーディ、こうだと決めたら、最後まで突き進む。変わらないこと、妥協しないことだけが強さだと信じている。自分を疑うという強さを持っていない。弱いものは、指摘に耐えられない。弱いものは、転換に耐えられない。変わらない何か、不変の己という幻想に、肩入れしてしまっている。

 

 

主人公は、Vを裏切る。信頼しようとしながら、何度も迷い、それでも国家の方を、過去の生活の方を信頼しようとする。自分を救ったテロリストと、家族を奪った国家の間で揺らぐ。

 

 

 

 

主人公の弟は、国家による陰謀で命を落としていた。国は、人体実験により完成した生物兵器を、テロリズムに見せかけ、小学校、水道場にばら撒く。そこを、現政権が特効薬を開発し、国を救ったように見せかけた。わかりやすいマッチポンプだ。両親はそれを機に活動家へと変わった。そして、両親ともに、彼女の前から姿を消す。家族を奪われた悲しみとともに、国を疑うという姿勢を封じ込めてしまっていた。

 

 

国は絶対善であり、何かを破壊するものは、反逆するものは絶対悪であるという決めつけによって、翻弄される。彼女を苦しめたのは、彼女だった。彼女を引き回したのは、彼女自身だった。目の前の、胡散臭い仮面を被った男を信用できなかった。ただ、彼女は知っていた。国家もまた、仮面を被っていること。そして、仮面の下の冷酷な顔を、その目で見たことがあったこと。迫り来る二つの仮面の間に、彼女は立ち尽くす。

 

 

 

 

一人、とても象徴的な人物が出てくる。人の道を踏み外した聖職者だ。神に仕えながら、子供達を使い、性的欲望を満たし続けているらしい。主人公はその「供物」として、潜入することをVに提案され、彼のもとを訪れる。

 

 

割と最近、ニュースで見た。カトリック教会の児童に対する性的虐待事件。有り難がられ、守られ、信頼された、聖職者というもの。疑う余地があまりに少ない。だからこそ、そこは悪事の温床になりうる。驚くべきことじゃない。聖職者がなぜ、なんてことは思わない。

 

 

聖職者だろうが、警官だろうが、結局はただの人間だ。

 

 

聖職者という存在がこの世にあるんじゃない。警官という存在が、この世にいるんじゃない。そういう肩書きを持った、人間がそこにいるだけだ。

 

 

そこに、どんな人間がいるかだ。

 

 

ただ、その装いに、正統性に、積み上げられた信頼に、人は容易に騙される。この完璧な仮面に、人は勝てない。

 

 

これは、知性のバグだ。聖職者は善である。だから、目の前の聖職者は善である。この考え方、帰納法的思考は、人間が自分の生命を守るのに、ものすごく高い効力を持っている。いままで経験してきた、危険なこと、もの、人、その特徴をサンプルとして収集して、目の前のものを判断する。僕たちが毎日火傷しなくて済むのは、ヤカンから立ち昇る蒸気は熱いという経験があるからだ。

 

 

 

 

ただ、この思考法にも穴はある。それは、必ずしもそうではないということ。そして、この必ずしも〜ない、に、重要な場面で行き当たれば、極めて重大なミスを犯す可能性がある。大きな大きな、チャンスを逃すことがある。むしろ、経験の多い大人こそ、この思考の落とし穴に、真っ逆さまに落ちていきうる。作り上げてきた経験に、寝首をかかれることがある。これは、僕たちの責任とは、断言できない。

 

 

「そうでない場合もあるだろう」経験へのプライドから、僕たちはこれを疑えない。加速の時代のせいで、それをやってる時間はない。僕は、これを疑える鈍さ、不器用さを捨てない。周りが疾走していく中、立ち止まることを、恐れない。

 

 

 

 

目の前の人間は、今まで会った人間の枠の内側に、必ずしも全身すっぽりと、立っているわけではない。また、全く新しい人と出会ったんだ。これから訪れる日が、自分の生きてきた年月の中にあるわけではない。

 

 

目の前のものは、常にどこかが新しい。

 

 

終盤でも、主人公は揺らぐ。地面に倒れてしまいそうなほどに揺らぐ。信用し始めていたVによって、精神の解放のためとはいえ、拷問を受けていたと知ったから。彼女は不信に陥る。もうだめだ。というところまで行く。でも、それで終わりじゃない。

 

 

その向こう側に、道を見出す。

 

 

裏切られ、傷つき、何者も、信用できない。そんな苦しい日々が訪れることがある。ただ、それは行き止まりじゃない。ちゃんとその先が用意されている。何も信じられない不信というのは、自分を信じるという、最大のギフトを手にするための、開封作業だ。自分への信頼、その不可欠なプロセスとして、人間不信は存在する。

 

 

己の罪を疑わない、狂気の司祭は、一歩一歩上り詰めた13階段の先で、生き絶える。Vの怒りによって。

 

 

怒りと憎悪に生きたVも、また揺らぐ。本当は復讐のために生き抜くと決めていた。が、主人公と出会った。復讐の道を行く途中で、彼女に出会った。

 

 

かつての怨敵を始末していく中、省みる悪人が登場する。彼を、Vという存在にするための、夥しい犠牲者を出したバイオテロを引き起こすための、非常に重要な役割を担った生物学者。ボイスオブロンドンとして、スポークスマンを務めながら、私腹を肥やす男、司祭の皮を被り、子供達を襲う男、そんな彼らと違い、元生物学者の女性は、自分の行為を恐れ、苦しみ、報いを受けようとする。これまでの、自分を何ら疑わない悪人たちと違う。罪の意識を持った敵。Vは、主人公との出会いも相まって、葛藤する。

 

 

 

 

憎悪を持った人間が、いくことのできる道は二つ。復讐者の道か、赦しの道か。Vは、復讐者の道を選んだ。道の終わりまで、彼は突き進むはずだった。ただ、その道の途中で彼女に出会った。彼女を、「これ以上愛せないというほどに」愛してしまった。彼は、もう一つの道を行くことにした。何かを残すこと。何かを託すこと。古い人間は去り、新しい何かを生み出すこと。そのための、腐葉土になること。宿敵を葬り、彼らと共に去ることにした。彼は死ぬことにした。なぜか。恋をしたからだ。

 

 

物語の流れでは、主人公は聖職者の元を流れ、会社の上司に匿われる。サドラー議長を面白おかしく風刺し、それを主人公と笑う。彼の思惑とは裏腹に、彼は粛清されてしまう。上司の家に殺到する特殊部隊から隠れ、過去のトラウマを再現するかのような場面に遭遇する。窓から飛び降り、逃げ出そうとするが、結局捕まってしまう。

 

 

独房に囚われ、交換条件を出される。Vの情報を渡せば、自由の身にすると、提案される。彼女は黙秘を続け、拷問、尋問を受ける。それでも彼女は、口を割らない。長く続いた独房生活の中で、ふと壁の一部に空いている、穴を発見する。

 

 

 

 

自分と同じように、政府に囚われ、死んでいった女性の手紙が、そこにはあった。彼女は、その手紙に、心を震わせる。自分から、何もかもが途絶えたと思っていたところに、それでも何かと繋がっていることがわかる。全てをなくし、住所を無くした人間が、宛名のない手紙を受け取る。彼女は理念を受け継いだ。最後の最後に、選択を迫られる。Vの情報を少しでも渡すか、さもなくば、倉庫の裏で銃殺されるか。彼女はNOと言った。

 

 

自分の道を見つけた。幸せな日々が、彼らの提案の向こうにあるかもしれない。平穏な日々が、裏切りを対価に、手に入るかもしれない。それでも彼女は、NOと言った。その、非合理的で、不可解な道を行くことに決めた。

 

 

納得のいく首輪を見つけた!

 

つづく